同性の友達に執着するあまり彼氏を寝取ってしまう個性的な女性が主人公の『ややこしい蜜柑たち』。こじらせまくりの三角関係にハマる人が続出し、SNSでも大きな話題を呼んでいます。今回は作者の漫画家・雁須磨子先生に独自インタビューを実施。『ややこしい蜜柑たち』の魅力的なキャラクターたちはどのように生まれたのか? 見どころや今後の展開など、たっぷりお話を伺いました。

親友(女)に執着して彼氏を寝取ってしまった迷走女をとりまく三角関係ラブストーリー。淡々とした陰気な美人・清見には、ほがらかなモテ女子・初夏しか友達がいない。そんな2人の間に、初夏の新彼・白柳が登場した。都内出身・将来有望・美形…とハイスペな年下大学生だが、中身はフツーでどちらかというと暗い。清見は思った。「初夏はいったいどんな気持ちでこんなつまらない男の子と付き合っているんだろう」と。……そうしてある日、清見はやらかした。起きたらラブホテルで、隣には親友の彼氏が…!!!絶対絶対まずい!!とパニックにおちいった清見は、その日から暴走し始める。親友への対処×やらかした男との距離感=何が正解…!?何もかもがナナメ上の女・清見をとりまく情緒グラグラ三角関係、第1巻!
目次
制作秘話——自分が今までやらなかったことをやる
——『ややこしい蜜柑たち』を制作するきっかけや経緯を教えてください。
雁須磨子先生(以下、雁) 祥伝社さんから連載をやらないかというお話をいただいて、それなら恋愛ものを描きたいと決めました。来年で漫画家デビュー30周年を迎えます。これまでは自分から出てきたものを描くことが多かったのですが、ここ最近は「人がどういうものを読みたいのか」を手がかりにして描きたいと思うようになってきました。担当編集さんと話しながらアイディアを膨らませていき、そのなかで「三角関係なんてどうでしょう」という意見をいただきました。

——「三角関係」という作品のテーマは、担当編集さんとの会話のなかで生まれたんですね。
雁 そうですね。打ち合わせは大体口頭で行うんですけど、担当編集さんとの会話のなかで「こういうのはどうだろう?」とお聞きして、いろいろなアイディアをいただいたなかで、特に印象深く覚えていることを家に持ち帰ってからかきまぜていって少し輪郭を作りました。それを今度はこちらからべらべらっとしゃべって、おもしろいところをピックアップしてもらうみたいな。
——本作の三角関係は主人公・清見(きよみ)、その友人・初夏(ういか)、初夏の恋人である白柳によって構成されていますが、一般的にイメージする三角関係とはちょっと違うこじれ方をしているのが魅力ですよね。今回、なぜこのような三角関係を描こうと思われたのでしょうか。
雁 私にとってはこれが一番自然な三角関係のかたちでした。わざと変化球を狙おうとか、奇をてらったつもりはそんなになくて、女性が主人公の三角関係を描くとなったときに、自分が一番グッとくる設定を考えていたらこうなっていました。あと女性同士の交流の方が描きやすいというのもあります。
キャラクター造形——現実に生きている人間のように描く工夫
——続いて、主人公の清見について教えてください。彼女の言動にインパクトを受けた読者は多いと思いますが、清見はどのように生まれたキャラクターなのでしょうか?
雁 私は割とキャラクターを顔から考えるタイプなので、清見も顔から決めました。「陰気な美人」というコンセプトかな。性格はパッと思いついたままに描いていくことが多いんですけど、今回は清見単体ではなく初夏とセットで考えていきましたね。陰にこもっている感じの清見と、パーッと明るい感じの初夏。初夏みたいな女の子に執着しそうな子、という風に清見は作っていきました。
——清見と初夏は対照的なキャラクターとして造形されたということでしょうか?
雁 対照的というわけではないんですよね。初夏がこう動いたら清見はこう動くみたいな、「作用・反作用の関係」というイメージです。

——本作には清見や初夏の他にも個性的な登場人物が数多く登場します。キャラクター作りをする上でのこだわりや譲れないポイントがあれば教えてください。
雁 各キャラクターの性格設定は一応するんですけど、あまり図式化し過ぎないように気を付けています。「このキャラクターの性格なら普段はこうするけど、でもそんなにいつも上手くいくかな?」みたいなことを常に考えつつ、上手くいかなかったらどうするんだろう……とか。そういうところを意識して、「この人が現実に生きてたら?」っぽくしたいなとは思っています。
——本作では、キャラクターたちの会話のテンポやSNSでのやり取りが非常に生き生きとしている点も印象に残りますが、普段取材やネタ集めはどのようにされているのでしょうか?
雁 特別なことは何もしていないと思います。私もSNSをやっているので、自分がやるような感覚で描いていて……でも起業家を登場させるとなったら、実際に起業している人のSNSを見て「起業家ってこういうことをするんだ」と興味を持って深掘りしていくこともあります。
こじれた三角関係——友情?恋愛?執着?
——清美・初夏・白柳の三角関係のなかで、特に1巻の展開で目を引くのは清美と初夏のこじれた友情関係だと感じました。「友人に執着するあまり恋人を寝取ってしまう」という関係を描こうと思った理由をお伺いしたいです。
雁 その展開は担当編集さんと話を広げてるところでおもしろいと言ってもらえたところです。それで彼氏を寝取ってしまうという設定は早い段階から考えていて、そうなるように話を進めて、そういうこともあるよねと想像しつつ、「いやでもこの人寝てしまった後の全ての行動が良くないよな、なんで……」と描き進めながら自分でも悩んだり。
そういうところが自分の持ち味かもしれないんですけど、なんだか変なことになっちゃったみたいな、どうしようかなと清見と一緒に考えるみたいな感じです。

——清見と初夏がお互いに向ける感情は友情とも恋愛感情ともつかないものがあるように思いますが、どのような点を意識して描かれていますか?
雁 最初のうちはなんとなくの感覚というか、直感のようなもので作っていました。「こうきたら、こうでしょう、この感情はこうなる、この人はこういう人だから……」みたいな。自分の感覚です。でも話が進んで、自分が今、清見と初夏の二人を向かわせたいところを担当編集さんと話していくなかで「そこはもっと繊細で具体的に考えておいた方が良い」という指摘をもらいました。確かにそうだと思って、それ以降は意識的に開示したり、隠したりしています。本人たちが整理できていないところも、考えておかなくてはけないというか。そこは彼女たちと一緒になって、「自分も分かんない」みたいな感じでいちゃいけないよな、と思いました。
——2人はお互いのことをどう思っているのかという答えは雁先生のなかにあるのでしょうか?
雁 恋愛感情か、友情か、執着か、はたまたストーキングなのか。意外とこういう感情って年齢に関係なくごっちゃになるものだと思うんですよね。途中で変わることもあるし、現実だったら未分化なまま生きていけたりもするんですけど、これは一応終わりのあるお話なので、どう決着するのか考えています。
——1巻の後書きでは『ややこしい蜜柑たち』というタイトル決めに苦労されたエピソードが掲載されていましたが、その他に本作を描くなかで大変だったことはありますか?
雁 やっぱり登場人物が多くなるとキャラクターが似てきてしまうことですね。どんな漫画を描くときもそうなんですけど、毎回苦労しています。ただ今回は「自分が今までやってこなかったことをやろう」「ドラマチックな物語を作ろう」という気持ちで描いているので、それを忘れないように大事にしています。
——途中で設定などが変わったキャラクターもいるのでしょうか?
雁 はい、白柳くんなんかはそうです。本作の「男のヒロイン」なんですが、彼の描き方は変わりました。当初はもっと意地悪な性格だったんですけど、それだと自分が上手く動かせなくて、点と点が繋がらないから受け身な性格に修正しましたね。ただ、いろんなことの受け皿にし過ぎてしまっているので、もう少し自我を持たせないといけないとも思っています。振り回されてあわあわしているのが可愛いところなんですけど(笑)。
あとは、自分がバランス型の人間なせいかあまり極端なキャラクターを置けないんですよね。もうちょっと極端なキャラクターがいても良いのかなと思います。

——『ややこしい蜜柑たち』のなかで雁先生ご自身に似ているキャラクターはいますか?
雁 歳が近いから不知火(しらぬい)かな。最初は、この人顔も良くて、仕事も順調で、結構遊んでもいるやっぱり少し嫌なやつで、ちょっと鋭いこともズバッと言ってくれる素敵な中年にしたかったんですけど、しゃべったらすぐダメになっちゃった。しゃべるまでは良かった気がするんですが。最近は「この人本当にモテるのかな?」と疑問に思ってもいますね。あとは林さんにも似ているところがあるかもしれません。2人とも清見の相談相手なので、私も彼女の話を聞いてあげたい、優しくしてあげたいと思っているんでしょうね。
変化——「分かり合えなくても良いんじゃない?」
——本作をはじめ多くの魅力的な作品を描かれてきた雁先生ですが、これまでに影響を受けた作家や作品を教えてください。
雁 漫画家だと『FEEL YOUNG』でも描かれているかわかみじゅんこさん。割と友達や近い人に影響を受けることが多いですね。最近気が付いたのですが、担当編集さんの影響がダイレクトに作品に出ることもあるなと思います。自分のなかにたくさんのアイディアがあって迷っているときに、それを提示して編集さんに選んでもらうこともあるからですかね。あとは意外と中学生や高校生のときに聞いていたジャパニーズロックが自分にすごく影響を与えているなって、あらためて思います。
——若い頃に好きだった音楽がずっと染み付いているんですね。
雁 そうですね。大人になってから吸収したものも残っていないわけじゃないんですけど、10代の頃摂取したものの方がよく残っていると思います。
——雁先生は来年で漫画家デビュー30周年を迎えられますが、キャリアを重ねてきたなかで描きたいテーマや作風などに変化はありましたか?
雁 若い頃は「人と人は分かり合えない」と思いながら漫画を描いていました。当時一番描いていたのはBLなんですが、その後30代になって女性が主人公の漫画もたくさん描くようになって、そうするとだんだん「もしかしたら人と人は分かり合えることもあるのかも」という考えになってきて、分かり合おうとする話や、分かり合う瞬間を好んで描いていました。それは今もずっと好きな瞬間です。でも最近は「分かり合わなくても良いんじゃない?」と思っています。分かり合えないもの同士で親切にし合って生きていこうよ、という感じです。
——「人と人は分かり合えない」と感じていた頃と、今の「分かり合えなくても良い」という心境にはどのような違いがありますか?
雁 昔より、人間と人間は違うんだってことを肯定的に捉えられるようになったと思います。「自分とこの人は分かり合わない、しかし何らかの同じコミュニティの輪にいる」ということをすごく大事に考えています。
——雁先生ご自身は人との違いをどのようなときに感じるのでしょうか?
雁 さっきも言ったとおり私はバランス型の人間で、人と分かり合えなくても平気なタイプなんですよね。年齢がさらにそうさせるというのもあります。でも世の中には「分かり合えないことが普通じゃないようでつらい、人と分かり合えるならそうしたい、けれど分かることは難しい」と思っている人もたくさんいて、少しおこがましいかもしれないけど、そういう人たちに向かって「分かり合えなくても良いんじゃないでしょうか」っていう気持ちで描いているところもあるかもしれません。
今後の展開——さらにややこしくなる人間関係に期待
——『ややこしい蜜柑たち』の話題に戻りますが、口コミを見ていると「主人公の行動に怖さを感じる」といったものから、「自分にもこういうところがある」といった共感を示すものまでさまざまな感想がありました。先生ご自身は本作のどのようなところが読者に刺さっていると思いますか?
雁 刺さっているのかな。自分としてはドラマチックな三角関係を描いているつもりなので、清見の魅力を伝えることに失敗しちゃったかなと思ったりもして。まぁ家に突然来るのは怖いですよね……。でも清見の変なところが受けているからといってそっちの方向に寄り過ぎていくのも違うかなと思います。私のなかでは清見は、あれはあれで普通の人で、まだ全然いろいろなところを出せていません。どういう反応が来るかはできるかぎり意識せず、これからもっと彼女のことを描きたいですね。

——これから清見の新たな一面も見られるということですが、『ややこしい蜜柑たち』の今後の展開の見どころを教えてください。
雁 今はまだキャラクターが点と点として存在している状態ですが、それが線に繋がって今後さらにこじれてややこしくなっていくといいなと。新しいキャラクターも登場しつつ、いろいろな人の繋がりのなかに清見と初夏も関わっていくことになるので、そのあたりを楽しみにしていただけたら嬉しいです。
——ありがとうございます。最後に、今後の展開に限らず『ややこしい蜜柑たち』という作品の見どころを教えていただけますか?
雁 やっぱり初志貫徹で三角関係を。清見・初夏・白柳の三角関係がどうなっていくかですね。それぞれ自分の感情を整理できていないところもあるけど、自我を持ってきちんと動けるのか。私自身も彼女たちを応援しているんですが、読者の方にも楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
