令和の最新青春傑作『インターネット・ラヴ!』売野機子の深部に触れる「自分らしさを前面に出した挑戦作」

 漫画誌『楽園 Le Paradis』での商業デビューから始まり、『MAMA』『ルポルタージュ‐追悼記事‐ 』など幅広い作風で読み応えのあるヒューマンドラマを描き続けてきた作家・売野機子。最新作『インターネット・ラヴ!』ではまさに令和っぽさをふんだんにちりばめつつ、BLジャンルにとどまらない新たな青春ドラマの境地を描き出しています。そのみずみずしくもリアルを感じられる作風がSNSで大反響を呼び、「このマンガがすごい!2024オンナ編」にもランクイン! 今回は本作のヒットを記念して、DMMブックスが売野先生に独自インタビューしました。作品の世界観にこめられた思いから、売野先生のルーツまで深く掘り下げてお話が聞けたので、ぜひ最後までご覧ください。

インターネット・ラヴ!【電子限定特典付】

インターネット・ラヴ!【電子限定特典付】

【電子限定!描き下ろし特典マンガ収録!】SNS中毒な韓国男子と、5年越し一途男子がおくる ネトスト純愛BLーーー1度も会ったことない君が好き。もし会えるのならーー。ネイリストの天馬の朝は、とある男の子のSNSチェックで始まる。SNS更新中毒で、韓国の一般人のウノくんだ。この5年間、ウノくんをネトスト(=ネットストーキング)している天馬はもはやウノくんのことを誰よりも知っている。買い物が大好きで、食いしん坊で、動物をすごく大事に飼っている、やさしい男の子。そんな「見ているだけで幸せ」にしてくれるウノくんだったけど、急に彼女が出来たと判明し、天馬は大ショック!動揺に揺れる中、ウノくんから突然リプライがとんできてーー?

外から見た私らしさを突き詰めた

『インターネット・ラブ』表紙

――初のBLレーベル(onBLUE comics)での単行本発売ということですが、この作品を作ることになった経緯を教えてください。

売野(以下敬称略):実は、シュークリームさん(onBLUEを編集している制作会社)からBL作品のお声がけをいただいていたのは10年以上前でした。私のキャリアのスタートは、同人即売会のコミティアでオリジナル漫画を出したことが始まりなのですが、その前から二次創作ではBLも描いていたので、BL自体初めてではないんですよ。

今回の担当編集の梶川さんから、連載中の作品(『君に会いたい』新潮社)がおもしろいと今年の頭に言っていただいていて。次の仕事を考えたときに、今描いているものをおもしろがってくださっている方と仕事をするのがベストだと思ったので「そういえば昔のBLの話ってまだ生きてますか?」と聞いてみました(笑)。プロになってから15年くらい経つので、昔よりもっとおもしろいものが描けるんじゃないかなという気持ちもあり、今回久しぶりにBLにチャレンジしました。

君に会いたい 1巻

君に会いたい 1巻

『MAMA』の売野機子最新作は、愛と希望の少年冒険ファンタジー! 雪の中を旅する二人の少年、翼のないドラゴン、襲い来る魔物。未開の地を旅する彼らの目的とは…? (担当編集コメント)現代漫画の最前線。売野機子が描く本格ファンタジーに心が揺さぶられます。泣きたくなるほど会いたい。そんな大切な人がいますか?

――キャラクター設定などは編集者さんと一緒に作られたのでしょうか?

売野:特に相談もなく、最初からノートに書いた企画をお見せして、そのまま描きましょうとなりました。BLをやってくれるなら何を描いてもいいよ、という空気感を梶川さんが作ってくれて自由にやらせてもらえたので、モノローグで物語を引っ張っていく、自分の好きな手法で描くことができました。ネームもこねくり回さず、冒頭から楽しく切っていき、非常に描きやすかったです。

――商業では初のBLということで、何か意識をされたことはありますか?

売野:これまでは、自分の潜在意識というか、無意識の領域で作品を描いていました。でも今回は、今までとはかなり違う意識的な描き方にトライしました。でもそれは、BLだからというわけではないんです。
実は、制作中に友人の漫画家のみよしあやと先生となりた晴ノ先生の三人でたまたま作業通話をしていて、通話の中で「お互いにどういう作風を描いたら売れるのか?」というゲームをしていました(笑)。その人らしさを体現した作品を描いたらいいのではという真面目な結論に至ったのですが、じゃあそれぞれの「らしさ」って何だろうってことで、お互いに「あなたはこういう人だよ」という話をし合ったんです。
そこから、「あなたらしさ」を一枚絵で表現することになって「売野先生のイメージは、東京のワンルームで、髪の毛が濡れたままペディキュアを塗っていて、傍らには哲学書やゴシップ雑誌があって、おしゃれで都会っぽくて……」とどんどん二人が私に対するイメージを膨らませてくれたんです。
実際に私が哲学書やゴシップ雑誌を読むかどうかは別ですが、たしかに世間で話題になっていることや流行っているものが好きだし、参加したいタイプです。一方で、文学や哲学が好きという側面もあります。みんなから見た私ってこういう印象なんだ、と新しい発見がありました。だから今回は、内側の自分ではなく作品の世界観のリファレンスを、人から見えている・現実世界に生きる自分にするという試みをしてみました。

――だからこれまでの売野先生の作品群と今回の『インターネット・ラヴ!』は違う印象があったんですね。

売野:日常生活での友人が私の作品を読むと驚くくらい、普段の私の印象とこれまでの作品は乖離しているようです。そのため今回は、客観的な私の世界観を意識することにしました。そういうチャレンジもあって、この作品が好評だったのはすごく励みになったし、同時に気恥ずかしさみたいなものもあります。作家として内側を開示し続けてきたので、逆に外側を見せることに慣れていないですね。

言語が違うことは大きな障害ではない

――天馬くんはネコ耳ニット帽を被っていたり、扉絵でルーズソックスをはいていたりとY2Kで今っぽいファッションですよね。

売野:意識的に調査したわけではなくて、たまたま私が好きなファッションや世界観が、今世間でも流行っているって感じですね。個性的な服装の主人公だと読者から共感を得られにくいかなと思って普段は控えているのですが、今回は外から見た自分のイメージなので、天馬くんには私が持っている服を着せたり、欲しかったけど高くて買えなかった服を着せています。

『インターネット・ラヴ!』第1巻 104ページ

( 『インターネット・ラヴ!』第1巻 104ページ)

――今回遠距離恋愛の相手・ウノくんの舞台として描かれるのが韓国ですが、理由はありますか?

売野:残念ながらまだ行ったことは無いのですが、韓国って、私にとっては特別遠い場所というイメージはないんです。週末にふらっと行けるくらいの距離感だし、最近はSNSのおかげで身近に感じられる。K-POPが流行っているのもあって、娘の参観日で学校に行くとK-POP好きな子たちの掲示物にハングルが気軽に使われていたり。
今は子育てや仕事が忙しいので気軽に行けないこともありますが、元々私は国内外問わずに行きたかったら荷物も用意せずにすぐ行くタイプなんです。言語がすごく話せるというわけではなくても、旅行先で現地の人と積極的に会話することも多いです。

――かなりフットワークが軽いタイプですね!

売野:一般的な感覚よりも、海外への壁や敷居を感じていないのかもしれないです。行けばなんとかなるという感覚が強いので、言語が違うことに対しても大きな障害だとは思っていないですね。

自分を世界とつなぎとめておくためのSNS

――本作では、SNSの使い方もリアリティに溢れていて、ポジティプに描かれているのが印象的でした。

売野:おそらく、私自身がSNSを肯定的に捉えています。私も、語学仲間用のアカウントや、音楽用のアカウントだったり、日常でいくつもアカウントを使い分けています。学生の頃からインターネット上での友達も多かったし、実際に会って遊んでいました。今でも新しく知り合うこともありますよ。

――作中の解像度の高さも、実生活での体験が元になっているんですね。
ちなみに、ウノくんは発信者側としてのSNS中毒者です。インスタ映えしたいというよりは、ただ自分のことを知って欲しくて投稿して、ストーリーをあげた後に誰が閲覧したかもチェックしています。


売野:一番自分に近いキャラはウノくんだと思います。私も身内用のアカウントで点線になるくらいストーリーをあげるし、自分に起きたことは全て友達に知って欲しい。もしかしたら作家という仕事柄、「売野機子」はいるけど本名の私がいなくなっちゃう感覚があるのかも。本名の自分を世界とつなぎとめておくため、という側面があるかもしれません。

『インターネット・ラヴ!』第1巻 102ページ

( 『インターネット・ラヴ!』第1巻 102ページ)

見えているものを素直に描くこと

――主人公の天馬くんはバイセクシャルですが、「クィアを描くにあたって誠実さを感じる」という読者の声も見かけました。

売野:自分の世界で見えているものを素直に描きました。

『インターネット・ラヴ!』第1巻 60ページ

( 『インターネット・ラヴ!』第1巻 60ページ)

――商業の漫画誌で「クィア」や「ヘテロ」という言葉がはっきり使われるのは、まだ珍しい気もしますが意図はあったのでしょうか。

売野:そうなんですか? その言葉も、普段自分から見えている世界を描いただけですね。使う言葉次第ではもっとわかりやすく描かなきゃいけないこともありますが、今回は梶川さんとの信頼関係もあったので、多分大丈夫だろうと思っていました。

編集者・梶川(敬称略):現代において知っておいた方が良い言葉だと思ったので、あえてかみ砕く必要もないかなと感じました。この言葉を分かりやすくするためにネームを崩す必要もないと判断しましたし、もし読者の方が知らなかったとしても、この機会にぜひ検索してみて欲しいなと思います。

「これが私の絵だ」って言えるところにたどり着きたい

――最初の活動は二次創作だと冒頭でもお話しいただきましたが、創作のきっかけは覚えていますか?

売野:元々漫画は好きでしたが、中学生の頃から社会人までしばらく漫画やアニメから離れていました。世代的にりぼん黄金期なので小学生のときに描いたこともありましたが、子どもの遊びレベルでしかなくて。
大人になってから友人が勧めてくれたアニメに久しぶりにハマって漫画を描くことになり、せっかくなら同人誌出そうよって友人と盛り上がったのがきっかけですね。描いてるうちに、だんだんその枠以外でも描きたくなってきて今に至ります。

――どんどん絵柄が変化していると思いますが、作品によって意識的に絵柄を変えたりすることはありますか?

売野:最初はとにかく上手くなろうと考えてましたが、プロになってからはどうすれば自分が表現したいことと絵柄がマッチするのかを考えています。「今回は力強い線にしてみよう」とか、「今回は線が震えてもいいからゆっくりした筆致を重ねてみよう」とか、毎回少しずつ工夫をして、一番自分らしさが出せる線を模索し続けています。画家が絵画で作風を模索する試みと同じで、これが私の絵だって言えるところにたどり着きたいですね。

――ちなみに、今の絵柄はご自身の中でどのくらいの領域に到達されていますか?

売野:かなり完成に近づいてきました。前作の『君に会いたい』で近づいて、今回は現代設定なので線が多くなるとダサくなると思い前回とはまた絵柄を変えています。多分次の次くらいに完成するかも、と予想しています。

家にはインデペンデント系の映画が常に流れていたーー文化的に恵まれたバックグラウンド

――売野先生の作品は言葉の表現力も非常に高いと一読者として感じるのですが、表現のセンスはどこで培われたのでしょうか。

売野:若い頃には認識できませんでしたが、今振り返ると、子供時代いわゆるインプットに恵まれた環境で育ったので、そこで培われたものもあるかもしれません。一緒に住んでいた叔母が英日翻訳家で、彼女が若い頃は主にインデペンデント系の映画の翻訳をしていたので、叔母の部屋に置かれたたくさんのモニタに映し出されたそれらを眺めるのが好きでした。
父は写真家で、私にクロード・ルルーシュの映画を見せたり、ヘルマン・ヘッセやガルシア=マルケスを読ませていましたよ。わかるわけないんですけれど……。祖父は建築家で、舶来品が好きな人だったので、海外から持ってきた家具や調度品と共にお土産話を聞かせてくれました。観劇や美術鑑賞など、十分に文化的な環境を与えてくれた家だったと思います。
家族以外にも、近所に素晴らしい古本屋や貸本屋があり、夢中で通っていました。メジャーな人気作から往年の名作まで、良い漫画をたくさん摂取してきたと思います。

――そこまで環境が揃うことも珍しいですよね。影響を受けた作家や作品はありますか?

売野:その後映画が大好きになって、毎日映画を一本観るようになりました。私の高校生の頃ってミニシアターブームで作家性の高い作品に触れやすい時代だったのですが、特にガス・ヴァン・サント監督に影響を受けました。『誘う女』や『パラノイドパーク』といった危うさのある少年を描いた作品が好きです。他にはアルノー・デプレシャン監督とか、近年だとグザヴィエ・ドラン監督が好きです。ドランやサントの作中にはクィアがよく登場するし、デプレシャンの作品も同時に複数人と付き合ったり関係性が切れたり戻ったりする様子が描かれています。漫画だと『TO-Y』など上條淳士先生の作品も好きで、誰が誰と付き合っているかが分からないような描き方がされています。

セクシュアリティがどうこうと言うより、私の中には自分の帰属するものがいまいち分からないという感覚があります。なので、クイアの作品や、人と人との関係性が曖味に描かれた表現に触れると、なぜかそんな自分の存在の曖味さが癒されるような感覚があります。

――最近観て良かった映画はありますか?

売野:去年だとジャック・オーディアール監督の『パリ13区』。それと『パリ13区』に脚本で参加しているセリーヌ・シアマの『燃ゆる女の肖像』は、近年の中でもベスト3に入るくらい好きです。デプレシャン監督は、新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』と、この前リバイバル上映で観た『イスマエルの亡霊たち』も良かったです。

次回作はさらなる挑戦へ

――次の作品について、構想やジャンルがあれば教えてください。

売野:連載中の『君に会いたい』と並行して、春から新しいものを準備しているので皆さんの元に届く日が待ち遠しいです。今回の『インターネット・ラヴ!』を作ったことで、潜在意識ではなく顕在意識としての自分と向き合うことができました。次は無意識と意識の統合をしたいと思って、また違った試みにトライしています。
テーマとしては、スポーツ漫画とか描いてみたいですね。すごく大きな夢を目指してそこに向かっていく人の物語を描きたいです。

――まだまだ新たな売野先生が見られるんですね、次作以降も楽しみです。最後に『インターネット・ラヴ!』の読者の方や、ファンの皆さんにメッセージをお願いします。

売野:まずは、「本当に読んでくれてありがとうございます」以外の言葉が見つからないです。まだ未読の方も、明るくて幸せな物語になっているので、ぜひ読んでいただければうれしいです。


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まだ読んだことがない方も、この機会にぜひ読んでみてくださいね。

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