”SF御三家”と呼ばれる巨匠の一人、筒井康隆の最新作『カーテンコール』が本日発売されました。筒井康隆の作品は、『時をかける少女』『パプリカ』等のメディアミックスを通して広く知られている作品から、『虚航船団』のように極めて実験的なものまで、幅広い作風で知られています。近年では『残像に口紅を』がバラエティ番組や動画SNSでの紹介をきっかけに、30年越しでヒットするなど、話題性にも事欠きません。
今回は新刊発売にちなんで、筒井康隆のおすすめ小説を7作品ご紹介します。筆者の独断で各年代を代表する作品をピックアップしています。どれも読み応え抜群の傑作ばかり。秋の夜長にぜひお手元に。
目次
1960年代:時をかける少女
主人公の芳山和子は、理科実験室で「ラベンダーの香り」を嗅いだときから、時間と場所を移動する力を手に入れます。記憶を巡る複雑な謎、友人たちへの切ない思い。いくつもの世代にわたって人々を引きつけてきた、筒井康隆の代表作です。
1965年に発表された筒井作品の中でも比較的初期の作品です。ドラマや映画、アニメなど、さまざまなかたちで何度もメディアミックスされてきた本作。知名度は非常に高いと思われますが、原作を読まれた方は意外と少ないかもしれません。元々は中高生向けの学年誌で連載されていたこともあり、後の前衛的な作品に比べるとはるかに読みやすいです。
とはいえ、作中には実験的な作品につながる手法がいくつも読み取れます。例えば、後にご紹介する『ダンシング・ヴァニティ』と比較してみると、おもしろいかもしれません。記憶や夢といったモチーフや、同じ出来事の別バージョンが繰り返されるなど、響き合う要素が見つかるはず。
1970年代:日本以外全部沈没 パニック短篇集
ドタバタやスラップスティックは筒井康隆の十八番! 表題作は小松左京『日本沈没』のパロディ。名だたる有名人たちが日本人に媚びを売って必死に生きようとする姿がグロテスクな笑いを誘います。ほかにも「アフリカの爆弾」「農協月へ行く」など傑作そろいの短編集です。
主に1970年代の作品が集められています。SF的なモチーフに土臭い設定を同居させ、何もかも無茶苦茶になっていくのは筒井読者にはおなじみの展開。収録作は短い作品が多く、中には数ページで完結するものもあります。複雑な手法なども使われないエンタメ小説がそろっており、気軽に読めるため小説になじみのない方にもおすすめです。
現在ではあまり触れる機会のない、風刺の効いたハイレベルのブラックユーモアがてんこ盛り。こんな時代だからこそ読む楽しみもきっとあるでしょう。
1980年代:虚航船団
精神疾患を抱えた文房具たちを載せた宇宙船が、イタチたちの住む惑星をせん滅すべく発進します。綿密に説明される文房具たちの精神状態。教養新書のような文体で説明される、どこかで見たようなイタチの世界史。奇想天外な物語は、虚構を超えた「超虚構」の迫真性へ向かいます。
1970年代以降、筒井康隆はエンタメ小説のみならず、前衛的・実験的な小説を発表するようになります。1984年に発表された本作は、そうした時期の中でも代表作のひとつと言えるでしょう。
あらすじからしてすでに破天荒です。文房具というのは何かの例えではなく、文字通りコンパスや三角定規が宇宙船に乗っているのです。それらを迎え撃つのも、オコジョやクズリなど実際のイタチ科動物たち。とはいえ、キャラクター化や擬人化といった手法に慣れた現在の私たちは、80年代当時の人々ほどには、戸惑わずに読めるかもしれませんね。
1990年代:朝のガスパール
コンピューター・ゲーム「まぼろしの遊撃隊」に熱中する貴野原の妻・聡子は、株の投資に失敗し、夫の全財産を抵当に、巨額の負債を作っていました。窮地の聡子を救うために、なんと「まぼろしの遊撃隊」がやってきて……?
1992年の作品で、朝日新聞に連載された小説です。この作品の特徴はなんといっても、連載中に読者から意見を募集し、それを次々と作品に取り入れてしまう手法です。SFは新聞小説にふさわしくないという苦情が来れば即座にジャンルを変えてしまい、それに文句が来たら再びSFに戻す……といった具合。
作中では定期的に作者と編集者が現れ、読者からの意見がラジオのお便りコーナーのように紹介されます。その作者と編集者も小説の登場人物である以上、「ご意見」の影響を免れません。各節には掲載された日付が記載され、連載中のドライブ感を肌で感じ取ることができます。
2000年代:ダンシング・ヴァニティ
美術評論家の男が住む家の周りではなぜか、何度もけんかが起きます。いまひとつうまくいかない家族との繰り返される悲喜。また亡くなったはずの父親や息子も繰り返し現れ……?
物事が少しずつ変化しながら何度も反復し、次第に増殖していく様子が何とも言えない読み心地です。しかし、気がついたら中毒になってしまうほど、自然に読者を引きつける筆者の技量に驚かされます。驚愕の文体の果てにあなたは何を見るのでしょうか。
2008年の本作『ダンシング・ヴァニティ』は、一度書かれた出来事が細部を変えつつ何度も何度も繰り返される、これまで以上の実験作です。悪夢的な繰り返しもあれば、大切な思い出を反芻するかのような繰り返しもあり、まるで一人の男の人生がダンスとして表現されているかのよう……。
本作を気に入った方は、同じ出来事に再訪し続ける『時をかける少女』もおすすめです。双方を比較して読むことで、筒井康隆の一貫したテーマのようなものを垣間見ることもできるかもしれません。
2010年代:残像に口紅を(1989年刊行)
ひらがなの音が少しずつ使用禁止になっていく小説です。「あ」がなくなれば「愛」も「あなた」もなくなります。言い換えや比喩を駆使してなんとか立ち回る作者でしたが、徐々に小説世界は狭まっていく。それでも「愛」や「人間」を描こうとしたとき、紙面にはある種の情感が満ちあふれていき……。
先ほどまでは、各年代の代表作をピックアップしてきました。しかし最後に一息入れて、最近の話題作『残像に口紅を』をご紹介します。1989年に刊行された本作ですが、2017年にテレビで紹介されたことで大増刷。さらに2021年には動画SNS「TikTok」の書評動画がバズったことでふたたび話題になりました。
不思議な運命をたどった本作。主人公の小説家は、いわば自分自身を小説に書いているメタ的な存在です。使える言葉がどんどん減っていくなかで、それでも言いたいことを言おうとする姿に感動します。
2020年代:カーテンコール
本日(2023年11月1日)発売された本作は、25編を集めた短編集です。著者は「これがおそらくわが最後の作品集になるだろう」としています。担当編集者の方は「信じていません!」とのことですが、いずれにせよ50年以上にわたる作家キャリアの集大成ではないかと期待されます。特に掲載予定の作品のなかでも注目したいのは、2022年2月号の『新潮』に掲載された「プレイバック」。「時をかける少女」の芳山和子(よしやま・かずこ)、『朝のガスパール』の唯野教授など、筒井康隆作品の主要登場人物たちが入院中の作者の元を訪れます。ほかにどんな人物たちが登場し、作者と何を語るのか……ファン必見の作品です。話題の最新小説をぜひご覧ください!
終わりに
年代ごとに筒井康隆の作品をピックアップしてご紹介しました。今回挙げたのは筒井作品のなかでもごく一部に過ぎません。「なんだか難しそう」という印象を持った方もいるかもしれませんが、実際に読んでみるとサービス精神にあふれた小説家であることを感じていただけるのではないかと思います。
最後に、筆者の個人的なお気に入りは、『朝のガスパール』です。先の紹介文には書ききれませんでしたが、この作品では新聞読者からの投稿だけでなく、パソコン通信を通じての意見交換も行われていました。そんなことをするとどうなるかと言えば、「荒らし」が発生してしまうわけです。「荒らし」の意見までも参考にした小説がどうなったのか、ぜひ皆さんの目でお確かめください。
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