令和の時代、恋愛や結婚、家族についての考え方は大きく変わってきました。そんな現代に生きる人々の不安を見事にすくい上げたのが、TVドラマ化でも話題のカレー沢薫『ひとりでしにたい』。終活を始めたアラフォー独身女性と彼女を取り巻くあまりにも個性的な人々の物語で、ひとりで自分らしく生きるためのヒントが満載の終活コメディです。本記事ではカレー沢薫漫画を偏愛するDMMブックス書店員が、漫画『ひとりでしにたい』の魅力を深堀り解説します!
目次
漫画『ひとりでしにたい』とは?
『ひとりでしにたい』は作画・カレー沢薫、原案協力・ドネリー美咲のタッグが手掛ける漫画シリーズで、孤独死や終活という普遍的で難しいテーマを軽妙なタッチで描いた社会派コメディ。タイトルに衝撃を受けた方も多いかもしれませんが、作品を読んでみると、むしろ「ひとりで生きるためにはどうすれば良いか」が物語の主軸であることがわかります。
もともとは講談社『モーニング・ツー』で掲載されていましたが、現在はWEB媒体『コミックDAYS』で配信されています。2021年に第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞するなど、かねてより人気を博していた本作。2025年6月には綾瀬はるか主演で実写ドラマ化されるなど、ますます注目を集めています!
悪い人ではないけれど……次々現れる超個性的な登場人物!
「アラフォー女性の終活」という珍しい題材を扱っている本作。登場人物も非常に個性的で、彼らはそれぞれのかたちで主人公・鳴海の終活と関わっていたり、彼女の抱える問題を象徴していたりします。
そこで、まずこの章では『ひとりでしにたい』のメインキャラクターを作品のテーマと絡めながらご紹介していきます!
①終活をきっかけに自分の人生を見つめ直す主人公・鳴海

『ひとりでしにたい』の主人公・山口鳴海は、アイドルと猫を愛するアラフォー独身女性。美術館で学芸員として勤め、自由な一人暮らし生活を送っていました。しかし「キャリアウーマン」的な生き方をしてきた独身の伯母が孤独死したことにショックを受け、終活を意識しはじめます。
自分にもいつかは絶対に訪れる「死」と向き合い、ひとりでよりよくしぬためにはよりよく生きることが必要だと気づいた鳴海。よりよく生きるための終活を実践する中で、自分自身の甘さや偏見、他者とのコミュニケーション不足などさまざまな難題に直面することになり……!?
②やたらグイグイ来る毒舌な同僚・ナスダくん(と彼の秘められた過去)

本作のメインテーマは鳴海の終活ですが、職場の同僚・那須田くん(通称ナスダ)と鳴海の関係も大きな見どころの一つ。ナスダくんは鳴海が働く美術館に官公庁から出向してきているエリート職員。鳴海に対してやたら攻撃的な態度を取る彼ですが、実は鳴海に恋心(執着心?)を抱いています。鳴海と仲良くなりたい一心で、とにかく毒舌な終活アドバイスをしてしまう不器用なナスダくん。彼がこのような性格になった一因は、その生い立ちにあるようで……?
鳴海が自身の「実家の太さ」に無自覚な言動をすると、ナスダくんは少し怒っているような素振りを見せます。一見イヤミで高圧的なエリート男子に思えるナスダくんですが、生まれ育った環境の違いがどのような価値観の違いを生むのか、そして自分と異なる背景を持つ人間とどのように共存するべきなのかを考えさせてくれる重要なキャラクターです。
③全然わかってくれない、こともない……?すれ違っている両親

アラフォー終活の最大の課題にして、『ひとりでしにたい』序盤の難敵(?)、それが老いた両親です! やっと本腰を入れて自分の終活を考え始めようとした鳴海に立ちはだかったのが親の終活問題でした。現役時代のプライドを捨てられず、妻や子どもが自分の世話をすることが当然と疑いもしない父。家族という重荷から解放されるために、密かに熟年離婚をもくろむ母。そんな両親の介護はできればしたくないと考えている主人公! それぞれの思惑が交差する中、鳴海は自分たちの家族関係を見直し、なんとか両親の熟年離婚を避けようと動き出します。
この親子関係がリアルなのは、父も母も完全なる「敵」というわけではなく、問題を綺麗に解決させる特効薬や大団円も描かれないところ。自己中心的で態度の大きい父親は鳴海を苛立たせることもありますが、ナスダくんの話を聞いて「先のこと」を考え始める素直さも持っています。一方、ヒップホップダンスに熱中(!)し、自由になるために離婚を考えていた母親も、鳴海との対話を経て自分(たち)にとってのよりベターな選択を再検討し始めます。結果的に熟年離婚はいったん回避されるものの、親子がお互いに腹を割って語り合うような美しい物語は描かれません。こういうこと、身に覚えがありませんか? 簡単には白黒つかない人間関係を生々しく描写しているのが本作の大きな魅力なのです。
④モラハラ男とモンスター妻!?思わぬ伏兵・弟夫婦

鳴海は自分自身の終活の一環として、両親にも老後のことを考えてもらうように働きかけていきます。鳴海に影響され、両親も少しずつ前向きに終活を考え始めた矢先、鳴海の弟・聡が事態を混ぜっ返してしまいます。鳴海目線では言っていることがちぐはぐで要領を得ない弟の影には、その妻・まゆの暗躍がありました。「親の介護を誰がするのか」という重く避けがたい問題が、弟夫婦との間に勃発します。
昭和のモラハラ男に見える弟も、打算家で底知れぬ恐ろしさを感じる弟の妻も、きちんとそうなった(そう見える)理由があります。弟の妻・まゆと会話を重ねながら、鳴海自身が無自覚に持っていた偏見があらわになるのも読み応えがあるポイント! 独身で終活を考えている鳴海とは、ある意味対極の存在である専業主婦のまゆの描写にも実感のこもった説得力があります。他者とのコミュニケーションを通じて自分が無意識に抱いていた差別意識や偏見に気づき、真摯に改善していこうとする――その過程を丁寧に描いているのも本作の魅力です。
『ひとりでしにたい』ここが読みどころ!
『ひとりでしにたい』はフィクションとして読んでおもしろいのはもちろん、独身生活のハウツー本としても楽しめる(!?)実用的な作品です。この章では、そんな多面的な魅力を持つ本作の読みどころをDMMブックス書店員が独自解説します!
①今日から使える!実用的な独身生活テクニック

アラフォーの終活では、自分の没後のことだけでなく老後のことも考えなければなりません。老後とは、すなわち資産管理や行政サービスなどの事務手続きが物を言う世界です。老後を迎える上で必要な心構えはもちろん、具体的な制度や相談先などの知恵を授けてくれるところも『ひとりでしにたい』の大きな魅力!
自分の今後の人生を考えたとき、保険は何を契約すればいいのか? 親の介護にはどのように備えておくべきなのか? 「ひとりでしぬ」ということは、「しぬまでの長い時間をひとりで生きる」ことに他なりません。予期せぬ事態や想定外の問題に頭を悩ませる鳴海とともに、今日から使える実用的な独身生活テクニックを学べますよ。
②くっつくことが解決じゃない!鳴海とナスダ君の微妙な関係性

この作品は、「そもそも結婚は私たちにとって本当に幸せな選択肢なのか?」という疑問を繰り返し突きつけてきます。序盤を読むと鳴海とナスダくんがラブコメ的な展開を繰り広げるようにも思えますが、そうは問屋がおろさない!
鳴海は誰かと一緒に暮らすことが自分の幸福にはならないと確信しており、「家族」=「しがらみ」を増やして自分の時間を失いたくないと考えています。また、結婚したら相手が去ってしまう不安に襲われることが目に見えているようで、「そんな自分はひとりでいる方が安心だ」と語ります。

引用した場面の前で、「誰かと一緒にいる方が寂しさを感じる」と鳴海は率直に語っています。「普通」に考えると、ひとりでいるより誰かといた方が寂しくないし安心できるような気がしますよね。
しかし鳴海は、自分の性格やこれまでの人生経験を踏まえ、誰かと一緒にいるリスクを想定した上で「ひとりでいる」ことを選んだのです。他者との違いを受け止めながら、自分の望むものをハッキリと言語化する鳴海の姿は一種の救いでもあります。「結婚して子どもを育てる人生(の方)が幸せ」「結婚も子育てもしていない人間は未熟」といった価値観がいまだ根強く残る社会の中で、幸せな人生を過ごすために「ひとりでしにたい」と願い行動する鳴海にどれだけの読者が励まされているでしょうか。
一方、ナスダくんもただ鳴海をつけまわす(?)だけでなく、成長するためにもがき始めることになります。第4巻末尾の次巻予告にも「Not ラブコメ This is ライフコメディ」とあるように、『ひとりでしにたい』は恋愛や結婚で解決しない問題としっかり向き合う覚悟を感じる骨太な作品なのです。
③シビアなテーマをゆるくする……猫?人?なんかよくわからないキャラたち!

さて、ここまでなかなかカロリーの高い話をしてきましたが、どれだけ内容が真っ当でも重い話ばかりでは疲れてしまうのが人間という生き物ですよね。他のカレー沢薫作品に共通する特徴なのですが、本作にも顔文字の「(´ω`)」のような顔をしたキャラクターが頻繁に登場します。単純に猫であることもあれば、清掃員さんだったり、バーのマスターだったりすることも。ほとんど話の本筋と関係なく描かれる彼らは、介護や老後の話をするときも、全体のトーンを軽く穏やかなものにしてくれます。そしてときには物語の重要な役割を果たすことも……!?
場合によっては真正面から向き合うのが難しいテーマを描きながら、ゆるくてかわいいキャラクターや遊び心のあるパロディを交えて肩の力を抜く――その絶妙な緩急の付け方が実に見事です!
カレー沢薫とは一体何者なの?
カレー沢薫は、漫画家であると同時にコラムニスト、エッセイストでもあり、いくつものエッセイ本を発表しています。オフビートなユーモアと節々に光る毒舌が特徴的な作家で、特にネット文化やオタク文化に関するテーマや話題を扱うことが多いです。エゴサーチ好きでも知られており、もしかするとこの記事もチェックしているかも……!?
インタビュー記事などで「無職兼作家」と称されたこともありましたが、2025年5月現在、『ひとりでしにたい』以外にも漫画やコラムなどいくつかの連載を並行している超・人気作家です。
『ひとりでしにたい』だけじゃない!おすすめのカレー沢薫漫画
作者を知るには作品を読むのが一番! カレー沢薫の描いた漫画作品の中から、DMMブックス書店員が独断と偏見に基づいてピックアップしたおすすめ作品をご紹介します。『ひとりでしにたい』にハマった方は、めくるめくカレー沢ワールドのさらに奥深くまで潜ってみてください!
なおりはしないが、ましになる
【見どころ】
2025年5月現在『月刊!スピリッツ』連載中の漫画です。『ひとりでしにたい』に比べると、よりエッセイ漫画としての性格が強い作品です。作者が自身の発達障害について、担当編集とともに自己分析しつつ、対処や考え方などをコミカルに描いています。通院や投薬、コロナ禍による環境変化など、リアルタイムに変化する状況も描写されていておもしろいです。
カレー沢薫、漢を語る
【見どころ】
こちらも現在『カドコミ』で連載中のエッセイ漫画です。作者が自身の好きな男性キャラクターについて熱く、またツッコミを交えつつ語るという内容。カレー沢薫のオタクとしての側面を前面に押し出したシリーズであり、語られている”漢”以外にも、次々と繰り出される漫画関連ミームにいちいち笑えます。
ニコニコはんしょくアクマ(全5巻完結)
【見どころ】
こちらは完結済みの作品です。いくらDMMのブログといっても(!)直接的に書くことは憚られる目的で人間界にやってきたインキュバス・ヤマダ。さっそくかわいらしい女性に目をつけますが、彼女は二次元の男にしか興味のない、ハードコアなオタクだったのでした……。ここまで紹介した2作品と異なり、お色気コメディ的なフィクション作品です。一方、『ひとりでしにたい』も含めて、カレー沢作品に通底するテーマを感じ取れる漫画でもあります。
終わりに
『ひとりでしにたい』は現在10巻まで発売中です。この記事でお伝えしたのは本作の魅力のほんの一部に過ぎません。2025年6月からはNHKで実写ドラマが始まりますが、一体どこまで原作が再現されるのかも注目です。「本当に実写化できるのか!?」と思わず気になってしまう場面もありますよね。
ひとりでしぬために、ひとりで生きる人生を充実させようとする主人公・鳴海の七転八倒な足跡は私たちを大いに励ましてくれます。中学生のような下ネタ(!)からリアリティのあるライフプランまで、緩急おり交ぜて繰り広げられる終活コメディを心ゆくまでお楽しみください!